2008年1月14日月曜日

選択 その2

前回 子供に与える選択について、書きました。大人が与えた選択肢の中から選んでくれた時はいいのですが、では、もし子供が選ぶのに時間がかかりすぎる時はどうしたらいいでしょう。 そういう時は10秒ほど決める時間を与え、決められなかったら 『じゃあ、決められないようだから、お母さんが決めるね。』といって、親が決めてしまいます。(うちの子供は はじめは私が決める事もありましたが、そういう成り行きをしっているので、今は必ず自分で決めます。)それでは、もし どちらも嫌だと言った場合はどうでしょう。これもよくありがちなケースです。そういう時も 選択肢は変えず、時間内に決められない時は 親が決めてしまいます。 うちの子供の場合 何度か 『いやだー!』と 繰り返しますが、私の方も声のトーンを変えず、『AとB、どっちにする?』と繰り返し聞くうちにだいたい どちらかに決めてくれます。 例えば うちのこどもは ふだんあまり野菜を 食べたがらないのですが、うちでは他のたべものを皿にのせるまえに、野菜の選択をさせます。 グリンピースに するか、トマトにするか。 さやいんげんにするか、人参にするかなど。 反応はその時によって様々ですが、とにかく決めるまで同じ質問を よけいな事はいっさいいわず 繰り返します。 子供の方も、理屈が通らないと分かると だんだん すんなり 決めてくれるようになります。 親に決められるよりは 自分で決めようと思うようです。 (ちなみに 我が家では 野菜を食べてからではないと 他のものが食べられない事になっています。私たち大人も 同じ様に 野菜を先に食べてみせます。)こんなふうに できることに関しては幼い時から自分が考えて決めることで こうしたら どういう結果になるだろうと考える機会を与えられ、実際その結果を体験しながら成長して行くわけです。時にはその結果が思わしくないときもあります。 そんなときのお説教は 大禁物。 失敗したその結果から学ぶ事で十分。やさしく声をかけて 共感してあげましょう。 『どんな失敗をしても お母さんはあなたが 大好きだよ。』 ということを子供に知らせる事はとても大事な事です。 ともすると 私たち大人は あまりにも多くの事を子供のためだといって決めてしまいがちです。 子供に考えるチャンスを与えましょう。 失敗するチャンスを与えましょう。 子供が辛い思いや、失敗して落ち込む姿を見るのは親として辛いものです。 でも そんなことを繰り返して子供は成長して行かなければいけないのです。 大人になってからの失敗には 取り返しのつかないことがたくさんありますが、子供の頃の失敗は代償が少ないことが多いものです。 ラブ エンド ロジックでは 失敗による代償が少ない小さい時から自分で考え、正しい判断ができる、まさに生きる力とも言うべき力をつけてあげましょうと呼びかけています。

2007年12月21日金曜日

選択

長い独身生活から卒業し結婚、そして 子供ができて、最近つくずく思うのは 人生って大小さまざまな”決断”の連続だということ。 毎日の生活のなかでもいろんなことを決めていかなくてはいけない。 今日の晩ご飯何にしようかという 日常茶飯事のことから、家を買うとか、結婚を決めるとかというビッグスケールのものまで。その決断のゆくえによって、ときに大きな代償を払わなくてはならなくなることもあります。 人間は間違いを繰り返して成長して行くといわれます。高校で教えていると、10代の学生たちが様々なところで間違った選択をして問題になるケースを日々目にします。 成長しない子供は同じ間違いを繰り返します。 成長する子供は、自分のあやまちに素直に向き合い、どうしたら問題を改善できるか考えます。 大人になっても正しい選択ができず、間違えを繰り返す人がいますが、そういう人は、子供の頃から その人の代わりに親や大人たちがその人のために選択をして、その言う通りに生きてきたのでしょう。 つまり 大人になるまで 自分の事を自分で判断し、その判断の結果にまで責任を持って生きるということをしなかった人たちです。 自分の事を自分で判断する力というのは、20才になっていきなりつくものではありません。 子供の頃からの練習が必要です。ラブ エンド ロジックを学び始めた当初、私は ”でも 幼い子供たちにどんな判断ができるの” という疑問がありました。 ところが もっと学んでみると、意外にやさしく、また 4才、2才の自分の子供たちが一生懸命考えてる姿を見ているのは なかなか 楽しいものです。  子供たちにすれば、”ワー!私が決めるんだ!”みたいな、喜びがあるようで、実際 それによって子育てが楽になった場面がたくさんあります。 勿論、この年代は親が決めなければならないことも たくさんあります。すべてを決めさせるということではなく、子供にできること、子供がどちらを選んでも 親に問題がふりかからないないことを選びます。例えば 今日は 赤いシャツが 着たいか、青いシャツが着たいか。 野菜は ブロッコリーを 食べるか、ほうれんそうを 食べるか。 テレビを見てからおもちゃをかたずけるか、見る前にかたずけるか、など。 こういうことは 子供がどちらを選んでも親にしては問題ない事です。 あきらかに 親がひとつの答えを望むような選択を与えるのはよくありません。例えば、テレビを見る前におもちゃをかたずけるか、おもちゃを全部 お母さんにあげてしまうかなど。
うちの4才の娘はなかなかおふろから出たがらず、いつも いやがる娘を無理矢理だっこして出さなければならないという毎日でした。 そのことを ラブ エンド ロジックの創立者の一人、チャールズ フェイに 相談したところ、”選択を与えてみたら”と、言われました。 そして、翌日 私は 楽しそうにお風呂で遊ぶ娘に ”一人で出てくる? ママが手伝う?” と聞いてみました。 すると、”ウーン、、、” と少し考えて、”一人でやる!”といって、すんなり出てきました。 はっきりいって、こんな どうでもいいような選択に娘がのってくるかと半信半疑だったので、心の中で思わず”ヤッター!”と叫んでしまいました。こんなどうでもいいように見える選択の積み重ねが、責任ある大人になるためにはとても大切なのです。 

子供がなかなか言う事を聞かない、と思っている方がいらっしゃたら、是非 今日から何か一つ子供に選択させて見て下さい。  

2007年10月1日月曜日

子供との議論を中和する(即実行できるテクニック!)

子供や 生徒と接していて 『ああ言えば こう言う。』 というという状況を経験したことはありませんか? 私は 学生と生徒指導のことなどで議論になるたびに 『この議論に必ず勝たねば!』 と 意気込み 最後には結局決め言葉が見つからず、情けない思いだけが残る事も度々ありました。 子供って 大人と議論する事にかけては どの子もとても優れた才能を兼ね備えていると 私は思います。しかも 私から見ると 議論することに あまりエネルギーをつかっているようにも見えない。 少なくとも 私よりはずっと楽に次から次へと言葉がでてくるように見えて、そこがまた悔しかったりする。 子供と議論になるたびに 私は 精神的にどーんと疲れる。 疲れだけではなく、後味も悪い。 ストレスも溜まる。 もう、他の仕事などする気力もうせ、一人になって、好きな映画をボーっと見ていたい気分になる。 ラブ エンド ロジックに 初めて参加したとき、きょう 家に帰ってすぐ実行できるテクニックとして紹介されたのが、いかに子供との議論を中和するか というものでした。 それまで私は 子供が問題行動をおこした時は 大人がしっかり 説明してあげなければならない、と 考えていました。 確かにケース バイ ケースで 子供としっかり向き合って話し合わなければならないこともあるけど、ほとんどのケースは 子供は 自分の行動のどこが悪いかったか、自分の議論がいかに意味のないもであるかを知っているんですよね。 それでも とりあえず大人に議論を投げかけるのは もしかしたら うまく大人を丸め込んで 自分にとっていい状況にもっていけるのでは、というかすかな希望と、どんなふうに 大人は反応するだろうという、好奇心から。 こういう時に 『この議論、受けて立とうじゃありませんか。』なんてやってしまうと、エネルギーをすべて 吸い取られてしますことになるんです。 そこで 議論をうまくかわす方法というのが ”頭空っぽ”のテクニック(ラブエンドロジックではBrain Deadと呼びます)。つまり 頭空っぽのように 振る舞うのです。たとえば 『うーん、、、あー、、、うーん、、、、』を繰り返すとか、『そうね。 わかるわ。 そうかもね。 そう。』といった 議論にならない言葉を 子供が何か言うたびに繰り返す。 無視するのではなく、一応聞きながら共感をこめて(ここがラブ エンド ロジックの秘訣!) 行うから、子供は怒る事もできず、結局あきらめてしまいます。ある日、私はこれをアメリカの高校生に使いました。 学生の何人かに 時折 『ねー先生 今日 はみんな疲れてるから ビデオみようよー。』と しつこくいってくる学生がいて、その度に私はビデオを見せられない理由 (試験が近いとか、それは今日の予定にない、とか、、、)を 説明していたのです。そしてその度に あーだこーだと 言い返されました。 でも この日 私は頭空っぽのテクニックを使って、『そう。そうね。分かるわ、疲れてるの。そうよね。よくわかるわ。疲れてるの。』を馬鹿の一つ覚えのように(ここもポイント)、繰り返しました。その結果 学生は『先生、まるで家のお母さんみたい。』と一言いって、席に着きました。エネルギーをほとんど吸い取られる事なく 私は授業を開始! 例えば、子供が よく 『XXちゃんも もってるから かってよ。 友達はみんな持ってるよ!』等と言う言葉に、親として簡単におれてはいけないと思んです。こんな時こそ ”頭空っぽ”テクニックを 使ってみて下さい。『あーそうなの。ふーん。そうかもね。あーそう。』を 繰り返すのです。子供の目を見ながら、共感のある声と表情で。 子供が、『ああ そうって、それしかいえないの!』と言ったら、『お母さんはXXちゃんが 大好きだから議論なんてできない。それほどXXちゃんが 大好きだから。』 と、言います。『大好きなら 買ってくれるでしょ。 お母さん、私の事きらいなんだ。』といったら、『そんなことお母さんが信じると思う?』とか、『なかなか説得力ありそうだけど、真実性に欠けるわね。』などといってみては? とにかく、子供に『気持ちは分かるけど、ひとりですもうは とれない。』ということを知らせる事がポイント。 子供が明日、議論にのぞんできたら、”頭空っぽ”テクニック、試してみて下さい。私はこれによって、子供や学生にカーッとくることが断然減って、冷静に子供と向き合うことができるようになりました。

2007年8月20日月曜日

ラブ エンド ロジックの 歴史

ここで 一体このラブ エンド ロジックが どのように始まったのかということを 書いてみようと思う。 私もはじめて聞いた時は 誰がどのようにこの組織を始めて ここまで有名になったのか とても 知りたかった。 ラブ エンド ロジックの事務所は コロラド州のデンバーに隣接するゴールデンという町にある。私の家からは 車で15分たらず。ラブ エンド ロジックのアイデイアは ジム フェイという一人の教育者と ジムの息子で心理学者でもある チャールズ フェイが そもそも これまでの教育書はほとんどが実践的ではなくしかもわかりにくい、もっと分かりやすく誰にでもすぐに実践できるような教育論を提供したいという思いから始まった。 そして それに強く賛同した フォスター クレインという精神科医も加わって 1977年に ラブ エンド ロジックという組織が設立された。 ジムは教育者として30年以上の経験があり、組織の創立者として、全米各地で教育改善、家庭教育、生徒指導などの講演をはじめ 様々な教育関連記事や書籍の執筆に関わってきた。 これまで ジム フェイ、チャールズ フェイ、そして フォスター クレインが出版した本やCDは多数に及ぶ。 現在は ラジオや テレビを通して ラブ エンド ロジックの理論を広めることにも努めている。
彼らの講演はいつも聞いている人たちの好奇心をくすぐる不思議な魅力がある。私自信 ラブ エンド ロジックの講演、書籍、CDを聞くたびに時間の経つのを忘れてしまう。教育関係の講演などというと 分厚い資料をみながら 真剣なまなざしで 必死にノートをとるというイメージが少なくとも私の中にあったのだが、彼らは講演のなかで 『どうか公演中 ほとんどの時間をノートにメモすることに費やさないで下さい。』と 言う。実際、彼らの講演はユーモアたっぷりでしかも非常に分かりやすいので ノートをとらなくても大事なポイントはいつまでも心に残るし、しかも 学んだことが 即実践できるから ラブ エンド ロジックの効果をすぐに体験できる。『子育ては楽しくあるべき!』『躾をしながらでも子供との愛情あふれる関係を絶やさない。』という 彼らの信念が 彼らの活動のいたるところに反映されている、と私はつくづく感じる。いまや ラブ エンド ロジックは 全米の教育関係者によってしられ アメリカの多くの学校、家庭で 実践されている。二年ほど前に教育者向けの講習に参加したときも、ホテルの大会場はラブ エンド ロジックの理論とテクニックをもっと 知りたいと言う参加者で埋め尽くされていた。 教員、教育委員、学校管理職者、カウンセラーなど 様々な分野で活躍する教育関係者たちが 全米から集まっていた。 これほどまで支持されている ラブ エンド ロジックの事務所まで15分足らずのところに住み、ラブ エンド ロジックの促進者としての特別講習を受けた者として 質問があればいつもジムやチャールズに直接問い合わせができるという自分の立場を 非常に幸運と感じている。

2007年6月26日火曜日

心の中の小さな声

去年の夏、ラブ エンド ロジックの トレイナーになるための講習に参加したとき知り合ったゲイルさん。大きくてキラキラした目が彼女の優しい人柄を感じさせた。一言でいえば、”アメリカの肝っ玉かあさん”という感じ。毎日席を隣り合わせているうちに、自然と休憩時に話をするようになった。彼女はコロラド州のある町で、ラブ エンド ロジックを教育信念とする幼稚園を経営している。 彼女の幼稚園で働く保育士全員が ラブ エンド ロジックのトレーニングを受けている。ゲイルさんには 現在 カルフォルニアの大学に通う息子さんがいる。 次の講義を待つ間、その息子さんの話をしてくれた。地元の高校を卒業し、親元から離れ、初めて一人暮らしを始めた息子さん。 ある日、その息子さんから彼女のもとに夜おそく電話がかかってきた。 『ふだんは そんな時間に電話をかけてこないから、何かあったんじゃないかって、胸がどきどきしたわ。』話をしながら、彼女の大きな目が 一段と大きくなった。どきどきして電話に出ると、興奮気味の息子さんがこう言った。『今日 大学で大きなパーテイーがあって、、、 大変だったんだ、、、事故にあって、、、友達が、、、。』 その話をするゲイルさんの口調も 少し早口になった。『それでとっさに ”あなたは 大丈夫なの? いまどこにいるの?”って 聞いたの。そしたら、彼こういったの。 ”ママ、僕は大丈夫だよ。 怪我をしたのは 僕じゃないんだ。 友達のランデイー。 僕も誘われて、少し迷ったけど、みんなかなり酔ってたし、こんなんで車に乗って どんなことになるかって考えたら、行けなかった。” このとき、思ったわ。 ラブ エンド ロジックで子供たちを育てて本当に良かったって。』 彼女の話の後、私の目からとめどなく涙がでて来た。私は決して泣き上戸ではない。でも、なぜか 自分でも驚くくらい 涙が出てきた。そんな私を見て、ゲイルさんは『いろんな人にこの話をしたけど、こんなに感動されたのは初めてだわ。』と言った。そう言いながら、彼女の目もかなりうるんでいたのを覚えている。 
子供はいつか大人になって、親の手元から離れて行く。 守りたくても守りきれなくなる時が来る。そんなとき、親の目、親の声が届かないところで、いろいろな選択をせまられたとき、心の中の小さな声が、”こんなことをしたら、どんなことが起こりえるだろう” と 問いかける。 この小さなささやきが、生死を分けることだってある。 この心の中の小さな声を聞きながら、人生のいろいろな場面で正しい選択が自分でできる人間に育てることが ラブ エンド ロジックの願いなのである。

2007年6月25日月曜日

ラブ エンド ロジックとの出会い

3年ほど前、私の日本語のクラスにS君とK君という一卵性双生児の学生がいた。 あまりにも似ているため廊下であっても私はどちらがどちらか全く見当がつかないのは勿論のこと、一人が学校を休めば『えーと、今日はどちらがお休み?』と聞かなければならないほど何から何までよく似ていた。見た目も同じなら、成績もまた同じで 二年間彼らの日本語の成績は全く同じ点数(うちの高校は学期ごとの成績がパーセンテージで出される。)か、ちがっても5点差以内。頭が良くて行いもいい生徒というのはどこにでもいるが、彼らの場合 一般的にいう優等生というのとは少し違う。 二人ともクラスで一番のひょうきん者で、はめも外すが、どこで切りかえをするかを よく心得ている。どんな人にも心配りができる。 何か辛い事があっても 絶対他人にあたったり、人の責任にしたりしない。 自分の非は素直に認め、そこから学ぼうとする姿勢がある。 丁度その年、私は長女を産んだばかりだったのだが、廊下で会えば 『先生、赤ちゃんはお元気ですか?』と いうような言葉が 自然にでてくるような学生だった。彼らを知るほど『一体 どうやって育てればこういう子供に育つの?』『親にあって是非話がしたい!』と思うようになった。 私も初めての子供を産んだばかりで、子育ての一年生。子育てについていろいろ真剣に考え始めたころで、とまどうことも多かった。 そしていよいよ その日が来た。 保護者懇談会の夜、S君とK君のお母さんがやってきた。(アメリカの高校は年に二回ほど保護者懇談会があり、その日は保護者が自由に話したい子供の先生と 話す事ができる。) 第一印象は穏やかでやさしそうな人。簡単な挨拶の後、開口一番に私はこう聞いた。『それで、子育ての秘訣は何ですか?』 彼女はいきなりの質問に少し驚いたような様子だったが、その後少し微笑んで、こう答えた。 『私もね、この子たちを産んだ時はどうやって育てようかなんて 全く分からなかったの。もうパニック状態。でもね、そんなとき これに出会ったの。』 そういって、もっていたペンでノートにこう書いた。”Love and Logic”。 『ラブ エンド ロジック?』 私はつぶやいた。『そう、ラブ エンド ロジック。これを18年間実践してきたの。よかったらカセットテープかしてあげるわよ。もう何回も聞いてボロボロだけどね。』翌日、K君がお母さんから頼まれたと言って、テープをもってきてくれた。確かに 年季がはいったテープだった。テープのケースの色もほとんど色あせている。そのテープを聞き始め5分としないうちに私はその話に引込まれて行った。教育の理論を聞いているというよりも落語か何かを聞いている感じがした。頭の中にスーッと入ってくる分かりやすい言葉使い。『次はどんな話が出てくるのだろう?』とまるで推理小説を読む様にワクワクして、次のテクニックがしりたくなる。 もっと知りたいという好奇心が私をラブ エンド ロジックの世界に引込んで行った。 

2007年6月19日火曜日

感情の落とし穴ルート

日本で中学の英語教師として教壇に立ち始め、現在はアメリカの高校で日本語を教えている。10年以上にも及ぶ教師生活の間、私にはひとつだけ ほとんど成長していない分野があった。生徒指導力である。私はいつもこの事に対して劣等感を感じ、自分には教師は向いていないのではないか、と真剣に考えた時が幾度もあった。”生徒を統制してクラスをまとめることができなければ 教師として失格” そういつも考えていた。アメリカで教えるようになってからは、生徒指導も英語でしなければならないということもあって、ことさら苦手になった。今思うとどんな状況であっても、私が落ちていった落とし穴までのルートは 同じであったように思う。

感情の落とし穴ルート
学生の問題行動ー>憤慨/イライラー> ”なんとかしなきゃ” (血圧上昇のピーク)−>説教(たいてい長くなる)ー>学生が反論してくるー>それに勝てる言葉を探すー>さらに反論してくるー>決め手となる言葉が出ないー>敗北感/ストレス/挫折感

この血圧上昇のピーク時に出る英語がこれまた情けない。その時だけは英検三級の面接にのぞんだときの中三の自分にかえる思いだった。

高校教師2年目のある日、M君(当時高校2年生)が日本語のプロジェクトとして提出してきた小論文に 多数不適切な箇所を発見。 基本的に私が出したこの課題がいかにくだらないか、ということを書いただけのものだった。『完全に なめられている。。。』教師としての権威をすっかり脅かされたと感じた私のたどった道は勿論 ”感情の落とし穴ルート”。 一晩かけて考えた私の説教も結局たどたどしくまとまりがない。もっと情けないのは 私の精神状態。M君との面談中、心臓がバクバクして、落ち着くことができない。だまって私の説教を聞いていたM君。最後に『なにか いいたいことある?』と聞くと彼は一言こういった。『先生、話し長いよ。今度からは手短にしたほうがいいよ。』なんとかこのルートから脱出しなきゃ、とは思いつつ この頃はどうしていいか分からない毎日だった。